プロフィール

Counselor Profile

はじめまして、心理カウンセラーの松田です。

私のプロフィールページへご訪問いただき、ありがとうございます。

これまであなたは、

何冊も本を読んで自分を変えようとしてみた
評判のカウンセリングを調べていくつか巡ってみた
良さそうなセミナーにも足を運んでみた…

けれども、思うような結果が得られずがっかりしてしまった。そんな経験はありませんか?

自分を変えてみたいけれど「また期待外れだったらどうしよう」と、不安になることもあると思います。

私自身も、そんな経験を重ねてきたひとりです。長い間「カウンセリングを受け、そのたび変われない自分にがっかりする」の繰り返しでした。

だからこそ、あなたの気持ちがよく分かります。「もしかして、もう自分は変われないのかもしれない」そんな不安やあきらめの気持ちもあるでしょう。

私がカウンセリングを受けているとき、一番嫌だったこと。それは効果があまり感じられなかったことはもちろん、カウンセラーの態度でした。

高圧的な態度で、個人的な価値観や人生論みたいなものを一方的に押し付けてくるカウンセラーが何人かいたのです。

私の言いたいことや伝えたいことがまったく言えず、怒られているような感じでした。ただでさえ精神的にキツイのに、こういう態度を取られると本当に参ってしまいますよね。

私は昔から「人」に興味があり、じっくりと話を聞くタイプです。だからこそ、カウンセリングで話を聞いてもらえない状況や、高圧的な態度に出るカウンセラーが苦手でした。

私は、話すペースもゆっくりめです。小さい頃から、周囲の人たちからは「気さくな感じでいろいろ話しやすい」とよく言われます。自分ではあまり実感はないのですが、話しやすい雰囲気を持っているようです。

テンポを合わせて真剣に話を聞いてくれるから、話しやすい」と言ってもらえることもあります。

また、追求心が強く、問題の解決方法を根気強く探し見つけるのが得意です。

脳心理カウンセリングは、心理学に飽き足らず脳科学も突き詰め、最終的に両者を融合させた私のオリジナル手法です。これが生まれたのも、効果・問題解決にとことんこだわる性格がベースにあったからだと思います。

カウンセリングでは、リラックスして相談できるよう親しみやすく、話しやすい雰囲気作りを心がけております。

このページでは、私のことを少しでも知っていただきたいと思い、自身の生い立ちやカウンセラーになったきっかけなどについてお話します。 

少し長くなりますが、最後までお読みいただけると嬉しいです。

過干渉な母と暴力を振るう父の顔色を常に気にしていた子供時代

私は、DVの父と支配欲の強い母に育てられました。
これが苦悩の始まりといっても過言ではありません。

父は何かにつけ私を叩き、母は私が「不健康なもの」「危ないこと」「自分が気に入らないこと」をしようとすると、ヒステリックになって「絶対ダメ!」と反対しました。

子供時代の思い出というと、通常は友達と夢中になってゲームで遊んだり、お菓子やアイスクリームを食べたりなど、楽しいことが多いですよね?

私はそうした楽しみをすべて親に取り上げられていました。
両親を怒らせないよう、常に彼らの顔色を気にしながら過ごす日々。
それが私の子供時代の思い出のすべてです。

両親の恐怖から抜け出せなかった10代

私には、常に「怒られるのではないか」という恐怖心がつきまとい、いつも得体の知れない何かに怯えているような子供でした。

普段と違った環境に置かれると不安と心配で頭がいっぱいになり、本来なら楽しいはずのキャンプや修学旅行も一切楽しめませんでした。

何をするにも「失敗したらどうしよう」「こんなことをしたら嫌われるかも」という気持ちが先に出てしまい、常に周囲をうかがってオドオド、ビクビクしていたんです。

こんなメンタルでは受験もうまくいくわけがなく、大学受験は失敗という結果に終わりました。

受験には失敗したものの、高校卒業後は両親の支配から逃れたい一心で、地元愛知から上京。なんとか実家脱出に成功したのです。

しかし、生活するあても目的もなかった私。周囲に誘われるままミュージシャンとして生計を立てようと決めました。

一体なぜ、こんなキャラの私がミュージシャン!?と、思いますよね。

私もそう思います(笑)。今考えるとかなり無謀な決断でしたが、これは一種の荒療治であり賭けでした。

「あえて人前に出たり非日常的な日々を送ったりすることで、得体の知れない何かに怯えることから解放され、自分を変えられるかもしれない」。そんな期待に後押しされたのだと思います。

しかし、世の中そううまくはいきませんね。
結局人前に出る恐怖と戦う毎日だけが続き、ミュージシャンも挫折という結果に終わってしまったのです。

サラリーマン生活で打ちのめされたメンタル

20代になった私は、普通に働いて安定した収入を得ようと、パソコンのレンタル会社に就職しました。

しかしこの就職こそ、我慢の日々、地獄の入り口だったのです。

毎日すし詰め状態で山手線に揺られながら、片道1時間以上かけてオフィスに向かいます。

すでに疲労した状態でたどり着く仕事場は、窓のない小部屋。
まるで「独房」のような空間です。

四方をモニターに囲まれ、画面とにらめっこするだけの毎日が続きます。
社員同士の会話もほとんどありません。

そんな状況にいながら「私と同じ思いで仕事をしている人は少なくない、これが当たり前なんだ」と自分に言い聞かせ、必死に仕事を続けたのです。

日々を陰鬱な気持ちで過ごし、話す人もなく我慢を重ねる毎日は、永遠に続く苦行のような気持ちでした。

そして、この悪条件がやがて私の体に大きな異変をもたらします。

ある日突然、激しい息苦しさを覚えた私。自分が自分でなくなるような感覚に陥りました。

「もしかして、このまま意識がなくなってしまうのではないだろうか…」

ちょうど外出先での出来事でした。不安や恐怖が入り混じり、急いで自宅に戻って休んだのですが、症状は一向に改善されません。
それどころか動機やめまい、倦怠感など、自覚症状が次々と増えてしまったのです。

極度の体調不良で病院へ駆け込むもまさかの「異常なし」宣言!

あまりにも症状が酷いので、病院で精密検査を受けました。

病気の原因が分かれば、薬を飲んで元気になれる。
そう期待していたものの、結果はまさかの「まったく異常なし」でした。

「そんなにあれこれ症状は出ないよ」
そう言ってあざ笑った医師の顔は、今でも鮮明に覚えています。

こんなに苦しいのにわかってもらえないなんて…
今私の体にある症状は全部、嘘だと思われているのか…

私は激しい絶望感に襲われました。そして底のない闇に突き落とされたような気持ちのまま、病院を後にしたのです。

その後なんとか頑張ろうと奮起しようとしたものの、体がまったくついてきません。
頑張ろうともがけばもがくほど、うまくできない自分が情けなくて悲しくなり、完全に負のスパイラルにはまってしまったんです。

ついには起き上がれなくなってしまい、勤めていた会社を退職せざるを得なくなりました。

生活の糧を失い、行き場を失ってしまった…

私に残されていたのは、この世で最も避けたい選択だけでした。
それは、「実家へ帰る」ことです。

重度の自律神経失調症との闘い…うつ状態で自殺未遂も!社会不安障害(対人恐怖症)も併発

実家に帰った私の体調は、快方に向かうどころかますます悪化していきました。

あの時の医師の顔がちらついて、病院に行くのが怖かった私。しかしそれよりも、体の不調がつらすぎて、近所の病院へ助けを求めました。

地元の病院で下された診断は「自律神経失調症」。
ようやく不調の原因が分かったのです。

原因がわかったとはいえ、「自律神経を整える」ことは、口で言うほど簡単ではありません。

症状を改善する薬も効果的な治療法も見つからず、症状はどんどん悪化の一途をたどるばかり。
気がついたら自律神経失調症に加えて、社会不安障害(対人恐怖症)やうつ病も併発してしまいました。

定職にもつけず家に引きこもりがちとなった私。
暗い部屋の中、インターネットで検索するのは「死に方」ばかり。

自殺未遂を2度繰り返し、2度とも救急車のお世話になりました。

死に場所を求めて一晩中、力尽きるまで歩き続けたこともあります。

でも、結局死にきれなかったんですよね。

「このまま何となく生きていれば良いのかな?」と思うようになり、死ぬことさえ諦めるようになりました。何をするでもなく、ぼーっとベッドの上で天井を見つめる毎日です。

こんなボロボロの精神状態を両親は理解できなかったというか、理解しようとはしませんでした。

「うつ病は、怠け者の病気だ」
「みんな朝から一所懸命働いているのに。お前ときたら何だそのザマは」

顔を合わせればこのような言葉を容赦なくぶつけてきます。
うつの時に非難され、罵声を浴びせられると、精神的に大きなダメージを受けますよね。

最初は「本当はそうじゃない、分かってほしい」という気持ちが強かったものの、あれこれ言われるうちに「親が正しい。間違っているのは俺だ」と、自分を責めるようになりました。

自分は社会に必要のない、何の価値もない人間だ。

そう信じて疑いませんでした。

不本意にも父の事業を受け継ぎ心が極限状態に

定年後に起業し、工業用ゴムやプラスチック製品の製造と販売を手掛けていた父。その父が病に倒れ、精密検査で末期がんと診断されました。

父は私に「事業を受け継いでほしい」と言います。

「これまで引きこもっていた自分に、社長なんてできるわけない!」

そう返したかったのですが「もしかしたら、社会復帰できる最後のチャンスかもしれない」と思い直しました。

また、懸命に働いている従業員の姿を見て、その家族や得意先のことを考えると会社を潰すわけにはいかないという思いも湧いてきたのです。

会社を守るのは自分しかいない。

そう心に決めたものの、唐突にひとりで代表の立場になった私。
実務経験ゼロの状態、手探りで業務をこなすという、かなり無謀な毎日が始まりました。

メンタルはさまざまな薬を飲み、なんとかバランスを保っているといった状態(薬を多飲すると、その副作用で働くことが難しいといわれていますが、私の場合は運が良かったらしく体は動いてくれました)。

薬に加えてアルコールの力も借りながら、なんとかしなければ自分も会社も潰れてしまうという、危うい状態が続きます。

「もうダメかもしれない」

限界を感じた時に出合ったのが、心理療法でした。

心理療法と出会い「カウンセリングジプシー」として500万円以上を散財

ある日ネットで、心理療法に関する本が目にとまりました。

なぜか好奇心が湧き、その本を購入して読んでみたところ、まさに自分が求めていた「抜け道」が記してあったのです。やっと見つけた一筋の光でした。

その日から昼間は仕事、夜は心理療法の本を読み漁り、自己流で実践する毎日。

自己流で実践する傍ら、心理療法の専門家によるカウンセリングも数え切れないほど受けました。

中にはどう考えても怪しいカウンセリングも多くありました。

金属の棒を持たされて不思議な言葉を囁かれたり、小さいパワーストーンのようなものを手のひらに乗せられ、なぜかカウンセラーの奥さんまで登場して手をつないで呪文のようなものを唱えられたり。

今となっては笑い話ですが、当時の私はとにかく何でもよいから「変わりたい」という気持ちが強く、わらにもすがる思いでいろいろ試していたんです。

評判のセミナーがあるとの噂があれば、遠方でも這いつくばって現地へ赴きました。

結局、カウンセリングや本、セミナーなど、合計で500万円以上はつぎ込んでしまったのです。

費用が足りなくても両親には言えないため、親戚から借金もしました。完全にカウンセリングジプシーでした。

脳のコンディションを整えてくれる「脳科学」との出合い

心理療法をあれこれ試していく中で、効果を実感できるものもたくさんありました。

服薬などで少し落ち着いた状態の場合は、心理療法も素直に受け入れられ、続けられることもわかってきたんです。

逆に心が落ち着かず不安定なときには、心理療法を試みても続かなかったり、素直に受け止められなかったりしました。

そんなとき、心理療法と同じようにインターネットで知り興味をもったのが「脳科学」です。

とにかくなんでも試してみようと、ひとりでできる簡単な脳のトレーニングなどを行いました。最初はうまくいかなかったものの、コツを掴みやり方がわかってくると、みるみる効果が実感できました。

脳科学の理論を実践に取り入れると、脳のコンディションが整いやすくなったんです。薬を飲んで落ち着いた状態と同じようになり、心理療法がスムーズに受けられ、効果をより実感できました。

「心理療法の前に脳の状態を整える大切さ」を改めて痛感し、同時に「脳科学」がそれをサポートしてくれることがわかったのです。

体調の回復につれて、ついに叶った両親との和解

体調が良くなると同時に、良いことも次々と起こりました。
仕事、人間関係、恋愛すべてにおいて好循環が生まれ、長年確執のあった両親とも徐々に心を通わせることができたのです。

「心理療法と出会い、生きやすい毎日を送れるようになったのも、この両親のおかげだ」

あんなに憎くて、怖くて、でもどこかでわかって欲しいと思っていて、それでもやっぱりだめで。複雑な感情が渦巻いていた両親に対して、こんな感謝の感情が心から湧いてくるとは…

この時私は、過去の自分と決別し、人生の新たな一歩を踏み出した感覚を覚えました。

心理療法によって考え方が変わり、本当の意味で人生を歩めるようになったのだと思います。

両親と和解して間もなく、末期がんで闘病中だった父が亡くなりました。
冷たくなった父のそばにいたのは、「ようやく死んだか、このクソ親父」と鬼の形相をしている自分でもなく、肉親を失い喪失感で心が不安定になっている自分でもありませんでした。

「いろいろあったけれど、やはり父が亡くなるのは悲しい。でもこれからは、父の分までしっかり自信を持って歩いて行こう」と、前を向いている自分でした。

今度は自分がカウンセリングで誰かを救う番

自己肯定感の低さや自分嫌いが原因で「生きづらさを感じている」という話を聞くと、心が痛みます。

これは重大なことでは無いように思われがちですが、周りが考えるほど軽くなく、本人にとっては本当に深刻な悩みです。

理想と現実のギャップに落胆することが続くと、自分をとことん責めて憎み、メンタルを破壊していきます。

人生のどん底を味わい、心理療法によって救われた自分。
今度はその心理療法を活用して、誰かの役に立ちたい。

これが、カウンセラーとしての道を歩もうと決めたきっかけです。

私が実施するのは、心理学に脳科学を組み合わせた「脳心理カウンセリング」です。

脳のコンディションを整えてから心理療法を行う、これまでにないプログラムです。

脳科学を取り入れたのは、自分の感情(心)を正確に理解しコントロールしやすくするため。

メンタル不調に陥りやすい人と陥りにくい人では「心のメカニズム」が異なります。「思考のクセ」といってもいいでしょう。

ネガティブに考えてしまう、うまくいかない、落ち込んでしまう、絶望する…これらはみんな、脳が「そう考えるようにクセ付けられているから」です。

この脳の性質を利用して私は、現状とは逆に「理想の自分になるためのクセ付け」を行う、独自の脳心理カウンセリング手法を確立しました。

このオリジナルメソッドを「マインド・リプレースプログラム」と名づけ、「MR心理カウンセリング研究所」をオープン。

心の悩みを抱える方に、当研究所でしか受けられない「脳心理カウンセリング」を行っています。

脳心理カウンセリングを広めてメンタルの悩みから最短最速で脱却できる人を増やしたい

メンタル問題には個人差がありますが、その根っこはどれも同じです。
抱える悩みや問題がどんなものでも、それに「どう向き合うか」「どう考えるか」が大切。

正しい対処法で向き合えば、問題から必ず解放されます。

私は自分のメンタル問題を解決するのに、長い年月をかけてしまいました。
莫大なお金もつぎ込み、遠回りをたくさんしてきました。

だからこそ、同じように悩んでいる方には、遠回りせず早く楽になってほしい。

それは「脳心理カウンセリング」を広めることで達成できると信じています。

あなたもぜひ1度、マインド・リプレースプログラムで脳心理カウンセリングに触れてみませんか?

「へえ、こんな方法があったんだ!」と、驚かれることでしょう。

責めるような言葉、焦らせるような言葉は一切使わない、居心地の良いカウンセリングです。

あなた自身のありのままの言葉で、どんな問題でもお悩みでも、気軽にお話してみてください。

相談でも、愚痴でも、言いたいことがまとまっていなくても大丈夫です。

あなたとお話しできる日を、心待ちにしています。